副腎皮質癌の一例
日本赤十字社医療センター内科
桜井靖久 藤乗嗣泰◇ 猪狩友行 西山敬介
日本赤十字社医療センター外科 板東隆文 豊島 宏
日本赤十字社医療センター病理 大橋健一
概要 症例は40才男,5年前より高血圧があり、右季肋部痛で来院し、CTで右副腎腫瘍が発見 された. 血清カリウム正常下限,血 中 deoxycorticosterone (DOC), progesterone, pregnenoloneのみが高値であった. 腫瘍は190gで黄色結節状で、核異型,血管への浸潤がみら れ、腫瘍中DOCと前駆体の総含量が多く、DOC産生副腎皮質癌と診断された。 術後,血中DOC 値,血圧は正常化した. DOC産生副腎腫瘍でも前駆体の増加は癌腫を示唆すると思われる.
〔日内会誌 78:996~997, 1989〕
緒言: DOC産生腫瘍ではDOCの生物活性が 弱いため高血圧,低カリウム血症などの鉱質コル チコイド過剰症状がみられないことがあり,非機 能性副腎腫瘍とされる可能性があるり、 我々は症 状が乏しく、 ホルモンのスクリーニング試験で異 常がみられず非機能性副腎腫瘍と診断したが, 病 理所見と中間代謝ステロイドの測定からDOC産 生副腎皮質癌と診断の改められた症例を経験した ので報告する.
症例: 40才,男性. 主訴: 右季肋部痛. 家 族歴: 特になし. 既往歴: 35才より高血圧. 現病歴: 昭和62年9月,突然,右季肋部に鈍痛 が出現,腹部超音波およびCTにて腫瘤が発見され 入院した. 現症: 身長165cm,体重63kg. 体温 36.9℃,血圧168/110mmHg,脈拍52/分. 満月様 顔貌や痤瘡はない,腹部に圧痛や腫瘤は認めない. 浮腫はない. 入院時検査所見: 尿および血液検 査はカリウム3.8mEq/lと低下傾向を示した以外 は異常なかった. 腹部超音波検査: 肝右葉後面 に境界鮮明な腫瘤(6×7cm)があり,内部エコー は不均一.腹部CT : 右腎上方に円形の腫瘤,辺 縁はenhanceされ中心部に低吸収域が見られる.
血管造影: 腫瘤上部1/3は下横隔膜動脈,下部2/ 3は腎動脈の分枝から栄養されている,副腎シンチ グラム: 腫瘤部にRI集積. 入院後経過: 血圧 は150/100mmHgに自然に下降. 尿中17-OHCS, 17-KS,血中cortisol, aldosteroneが正常であり非 機能性副腎腫瘍と診断. 腫瘍は大きく中心部壊死 があり悪性が疑われ, DOCなどのホルモンの結果 がわかる前に手術となった. 病理所見: 腫瘍は 9×7×5cm,重量190g,被膜で覆われ、割面は2個 の黄色結節状の腫瘤と辺縁に圧排された正常副腎 組織がみられ、腫瘍内部に出血,壊死がみられた. 組織学的には大型のcompact cellからなり、その 中に小型の好塩基性細胞が充実性胞巣をなして増 殖し,核異型,小出血,血管への浸潤を認めた. 被膜への浸潤はなかった. 病理学的には副腎皮質 癌と診断された。 術後経過: 血圧は140/90 mmHg前後と術前に比べて明らかに降下し,血清 カリウムも4.5mEq/lと上昇がみられた. 術前の 血 中 DOC は 正 常 の10数 倍,その 前 駆 体の pregnenolone, progesteroneは 3~4倍と著明に 増加していたが、術後ほぼ正常値まで低下した. 腫瘍組織のホルモン含量(表)は単位重量あたり
〔平成元年1月11日受稿〕本論文の要旨は第372回内科学会関東地方会(1988年,3.12)において発表した.
Yasuhisa SAKURAI, Akihiro Tojo, Tomoyuki IGARI, Keisuke NISHIYAMA, Takafumi BANDO*, Hiroshi TOYOSHIMA and Kenichi OHASHI ** , Department of Internal Medicine, *Department of Surgery and ** Department of Pathology, Japanese Red Cross Medical Center, Tokyo
| 術前 | 術後 | 正 常 値 | 組織中濃度(正常値) (ng/g組織) | 組織中総含量(参考値) (pg) | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| pregnenolone | (血清) | 3.3 | 0.3 | 0.1-1.0ng/ml | 794(720-1760) | 150.9(7.2-17.6) |
| progesterone | (血清) | 1.40 | 0.30 | 0.16-0.42ng/ml | 130(910-1820) | 24.7(9.1-18.2) |
| DOC | (血清) | 3.360 | 0.353 | 0.080-0.278ng/ml | 83.1(330-680) | 15.8(3.3-6.8) |
| corticosterone | (血清) | 1.79 | 4.37 | 0.38-8.42ng/ml | 107 | 20.3 |
| 18-OH DOC | (血清) | 3.89 | 0.74 | |||
| aldosterone | (血漿) | 65 | 28 | 10.9-62.7pg/ml | 16(250-850) | 3.0(2.5-8.5) |
| 17-OH progesteron | (血清) | 252 | 47.9 | |||
| 11-deoxycortisol | (血清) | 22.6 | 4.3 | |||
| cortisol | (血清) | 63 | 163 | 37-130ng/ml | 700(7400-21200) | 133(74-212) |
| DHEA | (血清) | 1.6 | 4.4 | 1.2-7.5ng/ml | 42(1500-3400) | 8.0(15-34) |
| androstenedione | (血清) | 0.8 | 1.2 | 0.5-2.4ng/ml | 36 | 6.8 |
| testosterone | (血清) | 5.2 | 3.5 | 4.1-11.0ng/ml | ||
| adrenaline | (血漿) | 0.01 | <0.01 | <0.12ng/ml | 0.36 | 0.07 |
| (尿) | 4.6 | 4.0 | 3.0-15.0μg/日 | |||
| noradrenaline | (血漿) | 0.17 | 0.15 | 0.06-0.45ng/ml | 0.29 | 0.06 |
| (尿) | 77.6 | 93.2 | 26.0-121.0μg/日 | |||
| dopamine | (尿) | 747.8 | 402.3 | 90.0-740.0μg/日 | <0.1 | <0.02 |
| ACTH | (血清) | 87 | 50 | 30-60pg/ml | ||
| 17-OHCS | (尿) | 4.8 | 5.3 | 3-10mg/日 | ||
| 17-KS | (尿) | 6.4 | 5.1 | 4-14mg/日 | ||
| renin刺激試験 | (血漿) | 0.2-0.4 | 0.3-2.9ng/ml/時 | |||
では pregnenoloneを除くと正常副腎の1/10程度 に過ぎなかったが、 体積をかけた総含量では多 かった. 以上の結果から術前の非機能性副腎腫瘍 の診断はDOC産生副腎皮質癌と改められた.
考案: 非機能性副腎皮質癌の本邦報告は70例 を越えるが,血中および組織中の中間代謝ステロ イドまで測定して診断された報告例は少な い12). この中に,本症のDOCのように生物活性の 弱いステロイドを過剰に分泌するが臨床症状が極 めて軽微なものが含まれている可能性は否定でき ない.
鉱質ステロイドとしてDOCを主として過剰分 泌するDOC産生副腎皮質腫瘍は我々の調べた範 囲では7例の報告にすぎなかった3)~8)。 このうち 5例は癌腫であり、いずれも高血圧と低カリウム 血症がみられた. 癌腫例68)ではDOCの前駆体であ る pregnenolone, progesterone が増加している が,腺腫例5)ではDOC前駆体の明らかな増加はみ られていない. 癌腫ではステロイド合成酵素系に 種々の異常が存在し、血中および組織中でホルモ ン活性を有しない中間代謝ステロイドが増加する ことが報告されており,腺腫との鑑別に役立つと 言われている3). 本症例は DOC とともに pregnenolone, progesteroneが増加しており、 ホ ルモン動態からも癌腫に合致する.
本症例は術後の血清カリウム値,血圧の改善か ら,術前には鉱質ステロイド過剰の病態が存在し ていたことが支持される. 本症例では血中DOC値 が癌再発の有無を知る上で有力な手段となると思 われる.
謝辞 組織所見につきご教示いただいた東北大学医学部 第二病理学教室 笹野伸昭教授に深謝いたします.
文 献
1) 小島元子,他:非機能性副腎腫瘍のステロイド生 成能. 日內会誌 73:1649, 1984.
2)森山正敏,他:內分泌学的非活性副腎皮質癌の1 例. 泌尿紀要 25:921, 1979.
3) 小島元子:機能性副腎癌にみられるステロイド生 成能の特徴. 綜合臨床 30: 187, 1981.
4) Powel-Jackson JD, et al: Excess deoxycor- ticosterone secretion from adrenocortical car- cinoma. Brit Med J 2 : 32, 1974.
5) Kondo K, et al: Benign deoxycorticoster- one-producing adrenal tumor. JAMA 236 : 1042, 1976.
6) Kelly WF, et al: Hypermineralocorticism without excessive aldosterone secretion : An adrenal carcinoma producing deoxycorticoster- one. Clin Endocrinol 17: 353, 1982.
7) Irony I, et al: Pathophysiology of deoxy corticosterone-secreting adrenal tumors. J Clin Endocrinol Metab 65 : 836, 1987.
8) Makino K, et al: An adrenocortical tumor secreting weak mineral corticoids. Endocrinol Jpn 34 : 65, 1987.