第59回日本内分泌学会総会 会長講演 人体病理学と内分泌学のかけ橋
––副腎を中心としてー
東北大学医学部第二病理学教室 笹 野 伸 昭
President Lecture at the 59th Congress of Japan Endocrine Society: A Rainbow Coupling Human Pathology and Endocrinology with Emphasis on the Adrenal Glands
Nobuaki SASANO Department of Pathology, Tohoku University School of Medicine
Recent progress in research methodology particularly of immunocytochemistry has made the viaduct of human pathology through endocrinology a wide bridge. Immuno- histochemical demonstration of enzymes working in corticosteroidogenesis is useful for the interpretation of histological findings. Cytochrome P-450c21 was demonstrated in three adrenocortical layers particularly evident in the glomerulosa and reticularis. The reactivity was intensive in hypertrophied cells in focal hyperplasia of autopsy series and adenomas in patients with hyperadrenocorticism. The distribution of extraadrenal steroid 21-hydroxylase was revealed by immunohistochemistry at the distal and collecting tubules of the kidney, excretory ducts of the pancreas and salivary glands, mammary ducts and ductules and secretory portion of the sweat gland in man. It was postulated that in these target tissues of the mineralocorticoid action considerable amounts of DOC would be produced from plasma progesterone by the extraadrenal 21-hydroxylase.
Histopathological diagnosis of malignancy in adrenal tumors has been extremely difficult. Therefore, follow-up informations of metastasis and/or recurrence and gross find- ings including the tumor weight have been evaluated as the evidence of malignancy.
In adrenocortical tumors plasma steroid patterns and in vitro steroid production which were appreciated in the clinical endocrinology, were corroborated by gross and microscopical findings. Immunohistochemical lectin bindings revealed that only RCA (Ricinus communis agglutinin) might be useful for the marker of adrenocortical malignancies. For establishing histological criteria of malignant pheochromocytomas, 25 adrenal and extraadrenal tumors associated with metastases were examined. Localized or diffuse proliferation of small-sized cells, fusiform or round in shape, frequently associated with mitotic figures and foci of necrosis was of common feature. Immunoreactive peptide hormones were less compared with benign pheochromocytomas.
Ⅰ. はじめに
病理学は形態の変化を通じて機能の動きを知り,疾患の本質の解明に迫る学問である。それ故に 病理学は、医学のいろいろな分野と交流をもち、その方法論と知見を同化している。内分泌異常は まず病理学総論でとり扱われるが,そこでは一般に総括的·概念的に述べられ、内分泌系の概念と 各種のホルモンおよびその産生臓器の相互関係が主となる。細胞学の項では内分泌細胞におけるホ ルモン生成,分泌と超微形態との関係を述べるが,内分泌活動の異常に伴う形態の変化はおろそか にされがちである。このことは病理学で形態の変化のもつ機能的意義の解析が,各論の仕事とされ ていることにもよる。然るに病理学各論は臓器単位で組み上げられており、その記述も肉眼的所見 から顕微鏡の次元へという臓器病理学の手法を旨とするのが通例である。従って病理学各論の内分 泌系の項で扱うものは、古来いわゆる内分泌腺の形をとる臓器に限られる。内分泌腺の多くは、単 純または複合内分泌腺の形をなす。他種の臓器の中に位置する内分泌組織としては、膵が内外分泌 腺として内分泌系の中に位置づけられているが、性腺まして中枢神経系をはじめ全身に分布する神 経内分泌細胞や,胃腸粘膜その他の上皮内に広く散在する dispersed endocrine cellsは,古典的病理 学ではまま子扱いをうけ、その腫瘍も局所臓器の腫瘍の中に含められているのが常である。
近年各種のホルモンや酵素が純粋にとり出され、その化学構造の解明や生合成さらに抗体の作製 に次々と成功をみて来た。これによってホルモンの局在の免疫細胞学的証明が容易となり,内分泌 病理学に画期的な進歩がもたらされた。すなわち、古典的病理学においては,ありとあらゆる特殊 染色を行っても,その病変の機能的意義を論ずるには speculation を要したのであるが,今日では可 成りの直接的証明が可能である。ただし、病理学の本質からいえば、局在の証明だけにとどまらず, それの動きと生体に対する効果のすべてを明らかにしなければならない。ここに血中レベルの測定 に対応させて、組織中ホルモンおよびin vitroの放出動態を知る方法が一般的となった。私共の内分 泌病理学的研究では、それらの近代的手技を総合する方法を可能な限りとり入れてきたが,その経 験はなお浅くとも,この機会に近代の内分泌病理学の進歩を、副腎をめぐってのわれわれの研究成 績を通して展望することとする。
Ⅱ. 副腎皮質ホルモンの生成と作用の場
免疫細胞化学によるホルモンの局在の証明は、主として抗体作製に比較的容易なポリペプチド系, アミン系のホルモンないしその関連物質について行われ、その知見は内分泌細胞の分布や腫瘍の機 能的意義の解明に大いに貢献してきた。これに対しステロイドホルモンについては、それ自体の免 疫細胞化学的同定に成功したのが比較的最近のことであり、手技の難しいこともあって特に副腎皮 質ホルモンについては未だ一般的ではない。
ステロイドホルモン生合成の各過程を組織化学によって直接的に証明することが難しくとも,転 化にあずかる酵素を確実に証明すれば、そのステップにおける生合成が局所で行われていることの 推定が可能である。これに関してはまず古典的酵素組織化学による酸化酵素や脱水素酵素の証明が 応用された。われわれもかつて, 3β-hydroxysteroid dehydroxylase や 18-hydroxy dehydrogenase の局在を調べたことがあるとこれによって3β-hydroxysteroid dehydroxylaseはヒト副腎では束状帯 特にその外層に広く分布するが, 18-hydroxylaseは球状帯と束状帯外縁部のみに局在することが判 った。この所見は副腎皮質における機能局在を支持し,17α-hydroxylaseの作用の場を欠くcorti- costerone,18-hydroxycorticosterone およびaldosteroneの産生の場が球状帯と束状帯外縁に当るこ とを意味する。このことは、われわれがヒト副腎皮質を4層に分けてステロイドホルモンの含量を
測定した成績3)において,aldosteroneの含量が被膜を含む第1層とそれに続く第2層に多いことに よっても裏付けられる。この束状帯外縁は cortisolの産生にもあずかるところから, Gomez-Sanchez5) のいう“The Transitional Zone”に相当する。この部は生後加令と共に発達し、中年をすぎるとしば しば被膜に直接するようになるところから,かつて私は成人型球状帯(The adult glomerulosa) と命 名し,40才をすぎてからのアルドステロン産生はこの部が中心となるであろうと推論したよ7)18)これ らの研究の軌跡を、私共は近代的手法によって以下のように伸ばしている。
1. Cytochrome P-450c21 の副腎内局在
近年における各種酵素の精製法と抗体作製手技の進歩により,ホルモン生成過程に参与する酵素 の局在を直接に証明できるようになった。副腎皮質細胞において21-hydroxylaseは, 17α-hydroxy- progesterone ならびに progesterone からそれぞれ 11-deoxy cortisol ならびに 11-deoxy corticosterone への転化に参与する重要な酵素である。この酵素に関する生化学的研究は実に多いが,その局在を 細胞化学的に証明した業績はこれまでに殆んどなかった。われわれは純度の高いウシCytochrome P 450-C21-hydroxylase (P450c21) で免疫したウサギ血清を用い、ヒトの副腎についても免疫染色を 行った21)22) その結果,正常副腎では皮質三層がすべて染まり,特に球状帯と網状帯にはび漫性に強く みられる。束状帯では、良く染まる細胞と薄く染まる細胞が入り混じり,細胞によってかなりの変 異がある。Cushing病の副腎皮質過形成では、特に微小結節や骨髄脂肪腫化生巣(結節性過形成巣の 変性による) の中の肥大細胞に強く染まった。また機能性腺腫では, Cushing症候群,アルドステロ ン過剰症を伴う例で、大型核をもつ細胞に強く染まった。また機能性腺腫に付着する副腎組織では, P-450c21 の活性は被膜直下の球状帯にのみ認められ、この現象は特に原発性アルドステロン症で顕 著であった。これらの組織化学的所見は,腺腫や過形成の機能的意味付けに示唆するところが多く, また aldosteronomaの腺腫細胞が束状帯由来である可能性を支持する。更に球状帯と束状帯の間に はアルドステロン生成過程と支配因子の上で解離のあることが推測される。これらのことから,特 発性アルドステロン症, dexamethasone-suppressible hyperaldosteronism, 17α-hydroxylase defficiency における副腎皮質の形態学的変化などについて、今後の研究の動向に示唆を与えてくれる。
2. 副腎外P-450c21細胞系
副腎外のいろいろな臓器組織についてP-450c21 の免疫組織化学を行ったところ、腎の遠位細尿管 と集合管の上皮,膵と唾液腺(Fig. 1)ならびに汗腺の輸出管上皮,乳腺の乳管上皮に明らかな陽性を 示した。これらの部位はすべてナトリウムの再吸収とカリウムの排泄に関係するところであり,こ れまでアルドステロンの作用部位と考えられて来たところである。これらは鉱質コルチコイド受容 体細胞であるが,そこに P-450c21が存在することは同時に progesterone から11-deoxycorticosterone への転化,または17α-hydroxyprogesterone から17α-deoxycortisolへの転化の行われていることを 意味する。すなわちアルドステロンの作用の場としての受容体細胞といっても, progesterone をと り込んで転化し,その同じ細胞の中で鉱質コルチコイド作用を発揮するという過程が考えられる。 生成ホルモンを前駆体から転換すると云っても,それを直接血中へ放出するかどうかは不明である。 従ってこの細胞系は endocrine cells とまではいえないかも知れないが少くとも paracrine cells であ り,然もそのホルモン効果発現細胞と見なして良いことであろう。
各種の神経ホルモンや消化管ホルモンに該当するアミンやポリペプチドを産生する細胞は、すで に消化管粘膜をはじめ諸種の臓器の導管系上皮に広く分散することが知られている。これらの細胞 は生成物質を血中に放出する内分泌細胞である。これに対してコルチコイド受容体細胞系にP-450c21
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を証明できたことによって、この細胞系を広義の内分泌系の中に含めることが可能となった。病理 学の立場からこのP-450c21系をめぐる今後の研究は、先天性ないし後天性の21-hydroxylase欠損症 や pseudohypoaldosteronism, 血中ナトリウムないしカリウムの異常に対する反応,局所由来の腫瘍 における細胞分化の指標など、いろいろな方面へ発展して行くことであろう。
Ⅲ. 機能性副腎腫瘍の悪性判定規準
内分泌腺の癌で剖検の対象となるものは、非機能性のことが多く、悪性度も高い。これに対して 機能亢進症を伴う腫瘍の手術例では、良性か悪性かの判定に迷う場合が稀れではない。非内分泌組 織における病理組織学的規準をそのまま内分泌腫瘍にあてはめることはできない。ここでとりあげ る機能性副腎腫瘍は、皮質と髄質の腫瘍に夫々の特徴を具えながら,いづれも良性悪性の境界を定 めるに難渋するところである。たまたま1986年8月の第14回国際癌会議のシンポジウムにおいて, この問題に関する私共の最近の研究成績を発表するので21)その概要をここに披露する。
1. 機能性副腎癌の病理学的診断
一般的に病理組織学は、腫瘍の悪性を判定するのに最も有力な手段とされる。ところが副腎皮質 腫瘍の場合には、組織像だけで良性悪性を決定することはしばし困難で, follow-upが最も基本的な 拠りどころとなっているる これに関しWeiss26)は,43例の副腎皮質腫瘍につき5年以上に亘るfollow -upによって,転移や再発の有無の明らかな副腎皮質腫瘍について注目すべき報告を行った。すなわ ち,手術時の腫瘍を9種の組織学的規準によって解析すると、その4種以上を具えている腫瘍は再 発又は転移の可能性が極めて高い。組織所見のうち再発や転移との関係が最も深いのは、異型核分 裂と静脈侵襲の両者であるが,そのうちの一方だけでは役に立たないという。Cagleら2)によれば, 被膜侵襲や核分裂像はもとより,異型核分裂像や血管侵襲などの組織所見ですら良性腫瘍に結構み とめられるのである。また Neville ら 14)も組織像だけで癌を診断することの難しいことを説いている。 病理学的検査の本来の使命から元えば、転移や再発をみる以前の時期に診断を確定すべきである。 このことについて具体的な症例を示したい。
症例1. 小児のCushing症候群で8年後に再発した副腎癌
この症例は京都府立医大で長期に亘り観察されている患者で、以前に内分泌と代謝をめぐるCPC (症例155)でとり上げたことがあるので、詳細はその記録のに譲る。4才頃から肥満を認め、やがて Cushing症候群と診断され,5才8ヶ月時に右側副腎腫瘍(重量114g)が摘出された(Fig. 2)。8年後男 性ホルモン系の分泌増加があり,14才4ヶ月時に右副腎部から再発腫瘍(重量102g)が摘出された。 原発性腫瘍は肉眼的に分葉構造と多発性結節が明らかで、組織学的に中等大の明細胞からなる部と 充実細胞からなる部とが入り乱れる。リボン状や細柱状の配列は稀れで、毛細血管による分画は巾 の広い帯状,胞巣状さらにシート状を示す。注目される所見として、胞体の少ない小型細胞の集団 が,周囲の腫瘍実質を圧迫するように結節状増殖を示し、時に異型核分裂を伴っている。壊死や血 管侵襲,被膜外への浸潤をみない。再発腫瘍では明細胞が少なく、大部分が中~小の大きさで、形 の揃った充実細胞のび慢性ないしシート状の増殖からなり、その中に血管が散在する。リボン状な いし柱状,網状の配列はほんの一部にしかすぎない。
本例は8年後であっても再発したからには、悪性に異論のないところである。また、これまで癌 の形態学的指標とされて来たものの中で、割面の分葉ないし小結節状の病巣とそれをもたらしてい る小型細胞の異型核分裂を伴う増殖が,癌の判定規準の第一にあげられるべきことを教えてくれた のである。このような癌化に伴う細胞の異型性や未熟性を、産生ホルモンの生化学的性状や細胞化 学の所見に求めようとする研究が盛んに行われるようになった。
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1)産生ステロイドの異型性と未熟性
近年ステロイド各系の生成過程の測定が実用的となって以来,機能性副腎癌で血中ステロイドに 前駆体が出現し、しかもそれが転換酵素のdefect に伴い複数の系統に亘ってみとめられる現象は, 臨床診断に使われている。またその現象が尿中のステロイド代謝産物にも反映し,副腎癌のスクリ ーニング法として提唱されている12)この機能性副腎癌における産生ステロイドの今日一般的となっ ている特徴を腫瘍組織の培養によっていち早く証明し,それが転移や再発を予測する上に組織学的 所見よりも有用であると説いたのはO’Hareら15)である。このように単層培養によって10日間以上の 観察を行うことは,可成りの専門的技術と日数を要する。そこで私共はステロイド生成の解析を, 患者の血液ならびに腫瘍組織のincubation培地と抽出液の3者について行い,形態像との対比を行っ た16)20)その結果,副腎皮質機能亢進症の3型のいずれかを問わず,1血中コルチコステロイド·パタ ンでは、機能亢進症3型のそれぞれに応じ3β-hydroxysteroid dehydrogenase その他の活性低下をみ とめること, 2腫瘍組織単位重量当りのステロイド含量は壊死巣を避けて測定しても常に低値を示 すが,その内容には血中の場合と同じ傾向のみられること, 3in vitroにおけるステロイド産生能が 著しく低く,ACTHを添加しても増加反応を示さないこと。これらの3条件に合致する症例の中には, その後に転移の認められた例もあるが,手術当時には転移をみない例ばかりであった。これら症例 の組織像を仔細に検討した結果、前述のように未分化な小型細胞が旺盛な核分裂像を伴って結節状 に増殖し、周囲腫瘍組織を圧迫する像は必発である。この結節状増殖巣はしばしば多発性で、内部に
毛細血管をあまり伴わないので,好銀線維染色で容易に判定できる。また結節の増大と共に,壊死 巣を作り,更に結節同志が接近することによって、肉眼的に分葉構造と見えるようになる。この異 常増殖を示す小型細胞は、細胞質が充実性に濃染することが多いが、時には明細胞のこともある。 いずれにしてもしばしば好塩基性を示し、電子顕微鏡的にもリボゾームに富み、小器官が少なく, 核胞体比が大である。核の異型に関し Bowlby ら1)のflow cytometryによる核DNAの測定では,副腎 腺腫は16例すべてがdiploidであるが,癌は6例中5例がaneuploidを示したという。RIによって測定さ れた各種ステロイドホルモンの値は、対象が血液であると組織であるとを問わず、常にmassの値で ある。これに対して顕微鏡的検索は、電顕はもとより光顕であっても、常に局所的である。それ故 に日常の病理検査において、機能性副腎腫瘍が悪性か否かを判定するためには、血中ステロイドホ ルモンの解析と共に,採取された組織標本が腫瘍全体の中で占める地位,すなわち肉眼所見との関 係を明記するという病理検査の基本が殊更に大切である。このことを、具体的な症例について示し たい。
症例2. 血中ステロイドパタンから副腎癌と診断された Cushing症候群
本例は35才女,定型的 Cushing症候群の臨床所見でいわき市立総合磐城共立病院に入院し,検索の 結果は内分泌と代謝をめぐるCPCで症例151として報告された27血中cortisolをはじめ aldosterone とそれらの前駆体,DHEAがすべて高く、尿中17KSの6分画ではDHEAを除いて全てが高値を示し たので副腎癌と診断された。手術によって重量284gの左副腎腫瘍が摘出され、割面に壊死や出血の 粗大病巣を認め,分葉構造を示すところからも癌を疑われた(Fig. 3)。組織中ステロイド濃度はいず れも低値を示したが,3β-hydroxysteroid dehydrogenase活性の低下,21-hydroxylase活性の上昇が 示唆された。ところが組織所見は部位により異なり、組織学的に多くの部分は細胞が良く分化し, 悪性を裏付ける所見は、切り出したブロック15個ほどのうち3個にだけ認められた。すなわち肉眼 的に黄色に見えた部ではかなり良く分化した明細胞からなるが,その中に小型細胞からなる小集団 がシート状ないし大胞巣状配列を示し、内部に毛細血管を伴わないため、分泌物を容れる偽腔を作 っていた。また出血壊死巣の近くに、小型細胞の小結節をなす充実性増殖巣があり,核分裂像を伴 っていた(Fig. 3)。
副腎皮質の機能性腫瘍は髄質のそれとは異なり、良性腫瘍で出血や壊死を伴うことは稀れである。 腺腫からの癌化の場合に,結節状に増殖する病巣のすべてが壊死や出血に陥るとは考えられないの で、組織標本の採取部位の選択が癌化の判定に最も大切な基本となる。
2. 機能性副腎癌の重量
腫瘍の良性·悪性を大きさで決めようという発想は、病理学の原始にさかのぼることになるが, 例えばCushing症候群を伴う副腎癌が重量100g以上であるということは一般に支持されている14)24) Cagleら2)は小児の副腎腫瘍のうち、悪性のものは考えられている程多くはないと説き,重量500g以 上のものはすべて癌で,100g以下のものには癌がないことを示している。前項に示したような機能 性副腎癌の病理学的診断規準で、私共が1954~1985年に検索した 196 例の機能性副腎腫瘍を整理し た(Table 1)。Cushing症候群を伴った副腎腫瘍66例を分類すると、重量100g以上のものは腺腫の6 %,癌の93%にみられた。これに対して副腎癌で鉱質コルチコイド過剰を主徴とする例や副腎性器 症候群の例は少数ではあるが,重量100g以下の腫瘍が目立つ。その中のひとつとして、以前に内分 泌と代謝をめぐる症例1199)でとり上げたことのある、岐阜大第3内科の電解質ステロイド過剰を示 した副腎腫瘍がある。これは25才女性で、血中の鉱質系,糖質系共に前駆ステロイドが高値を示し
た。摘出された左副腎腫瘍は直径3.5cm,重量15.5gにすぎないが,割面に小結節状ないし分葉状構造 をみとめた。組織学的に電解質ステロイド過剰産生でありながら,リポイドに富む明細胞の領域は 乏しかった。腫瘍の大部分は小型の好塩基に富む充実性細胞からなり、しばしば異型の核分裂像を 伴いながら結節状増殖を示し、一部でsinusoid内侵襲像を認めた。電顕的にも異型核が目立ち,核胞 体比が大であった。これらの所見には Gandour ら4)がCushing症候群を示した重量40gの副腎腫瘍が, 両側副腎摘出後3年半で再発した例を報告したさい,原発腫瘍に認められた所見に共通するところ が多い。上記のCPC症例119は術後8年を出ないが、今後の follow-upに期待がもたれる。それにし ても腫瘍が15.5gと小さかったので,これを癌と診断するためには、何か他の腫瘍マーカーの欲しい ところである。
| Syndromes | Pathology | -99g | 100g- | Total | |
|---|---|---|---|---|---|
| Mineralocorticoid | Adenomas | 121 | 0 | 121 | 123 |
| excess | Carcinomas | 1 | 1 | 2 | |
| Cushing's syndrome | Adenomas | 49 | 3 | 52 | 66 |
| Carcinomas | 1 | 13 | 14 | ||
| Adrenogenital | Adenomas | 2 | 0 | 2 | 7 |
| syndrome | Carcinomas | 2 | 3 | 5 | |
| Total | Adenomas | 172 | 3 | 175 | 1 196 |
| Carcinomas | 4 | 17 | 21 |
| normal | hyperplasia | adenoma | carcinoma | |
|---|---|---|---|---|
| Con A | ||||
| (+), peripheral | (+) fine, mesh-like | (+) intensive | (+) various, | |
| WGA | cytoplasmic | cytoplasmic | cytoplasmic | |
| RCA | (-) | (-) | (-) | (+) cytoplasmic |
| SBA | (-) | (-) | (-) | (-) |
| HPA | (-) | (-) | (-) | (-) |
| UEA-1 | (-) | (-) | (-) | (-) |
| PNA | (-) | (-) | (-) | (-) |
| DBA | (-) | (-) | (-) | (-) |
3. 機能性副腎皮質腫瘍のレクチン免疫組織化学
副腎腫瘍が良性か悪性かの判定に、免疫組織化学により検出可能な物質をマーカーとして用いる ことが考えられる。Miettinenら11)は中間フィラメントであるvimentinが副腎皮質の正常細胞,過形 成,腺腫ではみとめられないのに、副腎癌ではしばしば陽性であると報告したが,私共の追試でも 正にその通りであった。これに対して腫瘍と密接な関係をもつレクチン凝集性に興味がもたれるが, これまで副腎腫瘍についての研究はないようである。私共は8種類のレクチン免疫染色をABC法で 行ったが、このうち意味のある所見を示したのは, Concanavalin A(Con A), Ricinus communis aggulutinin (RCA) と Wheat germ aggulutinin (WGA)である23)(Table 2)。すなわち,Con Aと WGA は正常では細胞の辺縁帯だけで染まるものが,腺腫では細胞質に強く染まり,癌では種々の程度の 染色性を示した。RCAは正常副腎,過形成や腺腫では実質細胞に殆んど染まらないのに対して、癌 細胞では細胞質に陽性に染色された。この所見は非機能性副腎癌, Cushing症候群副腎癌と同じく, 前述のDOC産生腫瘍にも認められ、この例は重量15.5gであっても癌と診断されて然るべきである。
| Origin | Adrenal | Extra-adrenal |
|---|---|---|
| No. of cases | 15 | 10 |
| Weight of tumor (g) | 39.0-900.0 | 18.0-154.0 |
| (Cases available) | (10) | (4) |
| Average (g) | 454.4 | 88.0 |
| Largest diameter (cm) | 5.0- 15.0 | 3.3- 9.0 |
| (Cases available) | (12) | (9) |
| Average (cm) | 10.0 | 6.4 |
Ⅳ. 悪性褐色細胞腫
臨床的にカテコールアミン過剰症をもたらす疾患は、副腎髄質の機能性腫瘍である褐色細胞腫の 名称で総括されるが,病理学的には副腎以外のクロム親和系細胞から発性した機能性paraganglioma も含まれ、また稀に副腎髄質で過形成のこともある。クロム親和系の腫瘍では,悪性の診断は仲々難 しい。副腎髄質の機能亢進症はカテコールアミン過剰症1型に限られ、皮質の場合のように血中ホ ルモンのパタンから悪性を推定する決め手もない。また転移を示す例の核異型をDNA含量の測定に よって裏付けられ;)腫瘍の大きさ,壊死巣の頻度,細胞の小型化が指摘されている10厚生省「副腎 ホルモン産生異常症調査研究班」では、悪性褐色細胞腫の調査を行い、三浦らがその集計を行った13) それによると褐色細胞腫のうち64例が悪性で、そのうち43例が転移を伴っていたとのことである。 悪性の組織学的特徴を明らかにするためには、転移のある原発腫瘍を多数集め,組織学的精査を行 うことが原則である。依って全国各地の施設のご協力により,これに該当する25症例の褐色細胞腫 について組織標本をお借りすることができた。これを副腎原発15例と副腎外発生10例に分けると (Table 3),副腎原発例の方が大きい。これは副腎外の褐色細胞腫が,副腎のものより悪性の頻度が 高いといわれていることに符合する。これらのうち3例は東北大で経験されたので、臨床病理的な 事項を検討した。たまたま3例共に同じような年令であり、転移はいずれも異時性であり全例死亡
したが,当然のことながら再発転移の早くみとめられた例は、死亡に至るまでの経過も短いようで ある。これら悪性褐色細胞腫では小型化,紡錘形化の細胞が異型核分裂を伴って増殖し、いわば neuroblas tomaの方向の変化を示す。また良性例の免疫染色でよく認められる enkephalin, somatosta- tin, VIP などの陽性細胞は極めて乏しい。悪性褐色細胞腫の組織型や細胞化学的所見の詳細は,稿 を新たにして発表する予定である。6)
おわりに
病理学本来の使命である形態を通じて機能の動きをさぐる研究の対象には、内分泌組織が最もふ さわしい。しかし形態の解析は必らずしも容易ではなく、従来専門的研究者は寥々であった。近年 形態学における観察手技の進歩によって、形態と機能の結びつきが一段と容易となった。一方ホル モンの産生放出が細胞や組織のレベルで観察されるようになったことから、内分泌病理学の領域は 近代病理学の進歩のモデルとなる資格十分であり、今後更に専門的研究者が輩出し、ほかの専門家 と提携して内分泌学の進歩に貢献することを期待したい。
謝 辞
この会長講演の内容には、長年に亘る副腎の内分泌病理学の研究において協力して頂いた多くの 方々に負うところが多い。厚くおん礼申し上げる。また研究の費用の一部は、文部省科学研究費補 助金,ならびに厚生省特定疾患「副腎ホルモン産性異常症調査研究班」の補助をうけた。
文 献
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